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日常に美しさを

 

これからどうやって生きていったらいいんだろう


そんな言葉がよく脳裏をよぎる


しょっちゅうよぎる。

特に困っていることは何もない


体は健康、仕事も順調。人間関係も良好


どうやっても何も、

このまま生きていけばいいじゃん

と自分に突っ込みたくなる

 


今までよくしてくれた神様が聞いたら


なにかご不満ですか?


と気を悪くしそうだ


でもわかっていても、脳裏をよぎる


人間とはなんて贅沢なものなんだろう


これで神様が暇つぶしに

ちょっとでも不幸を与えてみたら


烈火のごとく怒り、神に呪いの言葉を吐くだろう


自分でも嫌になってしまう

 

自分の一番最低なところ。嫌なところ、

 

短所を一番素晴らしいことにしてしまおう。

と心屋さんが言っていたが

私の一番素晴らしいということ

にしたいところはこれだな

 

こんなにも恵まれているのに、

自分で望んだとおりに人生を歩めているのに

何か足りない。満たされない、

何がご不満ですか?と聞かれても

いやとくにはないです。と答えるしかない

ここを素晴らしいとしたら、

きっとこんな悩みというか

もやもやを持っている人は多いから


その気持ちがわかるということだろうな

特に生活に困ってない。

だけどなにか満たされない。

それはいいにつけ、悪いにつけ、

自分の可能性ぎりぎりに命がけで

挑戦するときにだけ得られる、

ある種の興奮とエクスタシーが全くない環境

に慣れすぎてしまい

命が退屈しているのかなと思う


だからと言って命がけの挑戦なんてしたくないし


平穏無事も大好きなんだよ。たぶんね。


ってことで、私は平穏無事のほうがより好みなので
こんなに平和なんだろう

生きるために自分の可能性ぎりぎりに

挑戦しなくていい時代なんて


人類史上そんなになくて


えっと。。。これでいいんでしょうか?


えっと、、、わたしこれから

どうしたらいいんでしょうか?


と、とまどっている、そんな感じがピッタリくる

状況の今日この頃かなと思います。

 

人類史上こんなになかったんですよ

なんにもしなくても生きていける時期が


それなりに何か目標みたいなものが

いつの時代も明確にあった


だけど今は、それがない。


生きることに必死にならなくてもいい時代


そしてあらかたその恩恵をうけて遊びつくした時


さて


次はどうしたらいいのだろうか?

と人類史上初の状況に多くの


人が立たされているのではないだろうかと思う


不足でも満足でもどっちにしてもいつも何か足りない
それが人なのかもしれない。

 

じゃあもう満足するということ

自体をあきらめたとして
じゃあ、次はどうしようかな

という最初の話に戻ると


死なないためにいつも何かに挑戦せざる

おえない時代は終わったとしたら


死なないためでなく生きるために

何かに挑戦したらいいのかな?
と思う。

死なないための挑戦ってある意味

そんなに考えなくていいし
死なないためにはやるしかない

からみんなやるし


わかりやすい世界だよね。


じゃあ生きるために挑戦する

ってなんだろうか?

 

この間、この世界の片隅にって

いう映画を見た時


日常が生きるための戦いであるとともに


衣食住を整えて暮らすっていうこと

日常がすでに最高のエンターテイメント
だったんだなと思う。


みんなが必死にならなければ

生きていけなくてそこにドラマが生まれる


でも今は日常生活に、

衣食住を整えることにそこまでのドラマも葛藤もない


生活が便利になり着るものも

食べるものもあふれるほど供給されるようになった

 

日常に葛藤やドラマが必要なくなった時


代わりのドラマを求めるために

イベントが必要になった


ドラマは日常の中にはなく、

非日常のイベントの中にある幻想になってしまった

この世界の片隅にを観た時


丁寧に描かれている

衣食住を整えるためにある日常の美しさ、

豊かさに心を奪われた

とても幻想的でこんな風に生きていきたいと思った。


なぜあんなにも豊かだったのか、

そこには制限があったからだと思う
選択肢が少なく、

不便で、不自由であったからこそ
その制限の中でより快適で、

より豊かで、より夢があるように


時には妄想想像もフル稼働しながら

夢中に遊ぶように生きていけたのかもしれない

でも、ちょっとうらやましいけど

不便なのはいやだな

 

本来は日常を生きることが

最高のエンターテイメントだったものが


日常に創意工夫が必要なくなり、

入るすきもなくなったために
エンターテイメントとは

非日常の中にあるものになってしまった
創意工夫、人間としての創造性を

発揮したくて発揮したくてその場所を
必死で求めている気がする。

 

それが、「なんか面白いことないかなー」
という言葉にも似た

これからどうやって生きていけばいいんだろう


というつぶやきなのかもしれない。

豊かになったこの人生や日常に創意工夫

創造性を発揮する場所があれば

解決するかもしれない

結局何かに必死に挑戦したい

生き物が人間なんだ。


で、結局どうしたらいいかというと


創造性を発揮して夢中になれる

ものがほしいということで
それが日常生活、

衣食住と共存出来たらいいね
ということ、創造性の発揮と日常のコラボかな

そういう意味ではビジネスは創造性の塊


産み出すものでしかないから、面白さしかないよね